名波 浩(ななみ ひろし、1972年11月28日 – )は、静岡県藤枝市出身の元サッカー選手、サッカー指導者、解説者。元日本代表。現役時代のポジションはミッドフィールダー。
名波浩とミスチル桜井和寿の関係をご存じですか顔が似ているところもありますが、ジュビロで全てのサッカーをやり尽くした感があった名波は、新天地を求め、同年夏にイタリア・セリエAのACヴェネツィアに移籍することがあるときに作曲をしたりしました。また、名波の長男の名前は桜井和寿がつけています。とても深い関係なのです。
この記事では名波浩とミスチル桜井和寿の関係!I’LL BE(アイルビー)についてお伝えします。
名波浩のプロフィール
Jリーグのジュビロ磐田、セレッソ大阪、東京ヴェルディ1969、イタリア・セリエAのACヴェネツィアでプレーした。Jリーグベストイレブンを4度受賞。日本代表では背番号10番を着用し、1998年のフランスワールドカップに出場した経歴を持つ。マネジメントは株式会社ラボーナ所属。
愛称 ナナ、名波くん、なっちゃん、773
カタカナ ナナミ ヒロシ
ラテン文字 NANAMI Hiroshi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1972年11月28日(49歳)
出身地 静岡県藤枝市
身長 177cm
体重 70kg
桜井和寿のプロフィール
桜井 和寿(さくらい かずとし、1970年〈昭和45年〉3月8日 – )は、日本のミュージシャン、シンガーソングライター。バンド・Mr.Childrenのボーカリスト兼ギタリストである。本名(出生名)は櫻井 和寿(さくらい かずとし)。
出生名 櫻井 和寿
別名 櫻井 和寿
生誕 1970年3月8日(52歳)
出身地 日本の旗 日本・東京都練馬区
ジャンル ポップ・ロック
職業
ミュージシャンシンガーソングライター
担当楽器
ボーカルギターハーモニカベースドラムスピアノシンセサイザーオルガンプログラミングリコーダーパーカッションホイッスル
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名波浩とミスチル桜井和寿の関係!I’LL BE(アイルビー)
名波浩とミスチル桜井和寿の関係!I’LL BE(アイルビー)
ジュビロで全てのサッカーをやり尽くした感があった名波は、新天地を求め、同年夏にイタリア・セリエAのACヴェネツィアに移籍することになりました。
そこでジュビロ磐田からイタリア・セリエAのACヴェネツィアに移籍した名波浩へ送った曲として有名です。
『I’LL BE』(アイル・ビー)は、日本のバンド・Mr.Childrenの17枚目のシングルです。1999年5月12日にトイズファクトリーより発売されました。
初出アルバム『DISCOVERY』
リリース 1999年5月12日
規格 8cmシングル
ジャンル J-POP
ロック
レーベル トイズファクトリー
作詞・作曲 桜井和寿
プロデュース 小林武史
7thアルバム『DISCOVERY』からのリカットシングルである。ジャケットはメンバーの鈴木英哉の眼であります。
桜井和寿は桜井は「煮詰まっていた時に、ちょっと休憩しようということになって、みんながコントロール・ルームに行ったとき、僕が1人でテンポをすごく落として弾き語りでやったのにギターの田原が付いてきて、それがいいねーってことになって、小林さんの生ピアノも含めて一発録りしました」と語っています。
元日本サッカー代表名波への歌
ジュビロ磐田からイタリア・セリエAのACヴェネツィアに移籍した名波浩へ送った曲として有名です。
名波は以前からMr.Childrenのファンであったが、試合前にミスチルの曲を聞くと負けるというジンクスがあったそうです。
名波が桜井に「(ミスチルの曲は)インな気持ちになる」と伝えたところ、桜井が「今までのような(気持ちが)内にこもる曲でなく、発散するイメージの曲を作ってみよう」と思い立ち作曲したとのこと。
名波が当時ジュビロ磐田からセリエAに移籍するという事もあり制作た曲なんです。
「Mr.Childrenが好きで聴くんだけども、聴くと試合に負ける、調子悪い」と言われ、「今までのような気持ちが内にこもる曲でなく、発散するイメージの曲を作ってみよう」として急遽制作した曲がアイルビーなんです。
シングル盤とアルバム盤では全く違う曲調
アルバムverの『I’ll be』はスローですが、シングルverは同じ歌詞、同じメロディーとはいうものの、アップテンポでさわやかな感じ、全く違うイメージです。
個人的にはアルバム版の重さが気に入っていますが、同じ曲でも全く違う雰囲気を作れるのがミスチルの凄いところですよね。
アルバムバージョンはたびたびライブで演奏されるが、シングルバージョンの本曲は演奏されたことがない。
I’LL BEの歌詞の意味は?
元々のタイトルはI’ll be thereとなっていたのですが、Prismの様にシングルに合った歌詞を無理にでも書かなくてはいけない様に思い過ぎているのではないか?と懸念した小林プロデューサーがI’ll be以降の文字を変えてみるなどもっと気楽にやってみたらどうだとアドバイスがあってI’ll beというタイトルになったそうです。
この様にして出来上がった歌詞は決して明るい訳ではありませんが静かにそれでいて激しい叫びになっています。
売り上げは当時CDが売れる時代だったのに30万枚
Mr.Childrenというバンドの まぁブームのようなものが一回世間的に薄くなり、同時に浜崎あゆみやGLAY、宇多田ヒカルといった新しい風が吹いたことによって、世間の関心がそっちにいってしまったこともあるかと。やはりシングルカットは売れません。それも「DISCOVERY」というアルバムは先に出ていて「I’LL BE」は、そのアルバムからのシングルカットだからでしょうね。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
名波浩とミスチル桜井和寿の関係!I’LL BE(アイルビー)についてお伝えしました。
名波のために作った曲であり、当時うれることを望んでいたなかったミスチルだっったためそこまで売れることはありませんでした。
ただ、後に開催されたファンクラブ限定ツアー『Mr.Children FATHER&MOTHER 21周年ファンクラブツアー』の直前に行われた「会員が最もライブで聴きたい曲」では2位に選ばれた名曲です。
ファンのなかでは遅いバージョンと早いバージョンのどちらのILLBEがいいかもめるか議論になります。
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